楠木健講演会・逆タイムマシン経営の備忘録
楠木健さんの講演会を聞く機会がありましたので、備忘録も兼ねてまとめておきます。
イタリアミラノのボッコーニ大学大学院で教鞭をとっていたことがあるとのこと。「経営学」と「イタリア」との関連性をなかなか見いだせないだからこそ、この経歴が楠木さんの逆張りの発想を生み出しているのかもしれません。
逆タイムマシン経営論では、未来はすでに偏在しており、今のバズワードは過去にも存在していたことが示されています。過去の事例に解決策を見出すことにより、ノイズが除外されて、本物がわかるそうです。
同時代性の罠では、2010年代に唱えられた自動車業界の400万台クラブが取り上げられました。400万台クラブとは、年間生産量が400万台以上ないと、今後生き残れないから、競合同士が合従連衡して400万台以上のグループが形成されました。ダイムラー・クライスラーの合併や、フォードのPAGの買収など。しかし、それは幻想であることがその後証明され、ダイムラー・クライスラーの合併は解消。幻想と判断された根拠は、論理性がなかったから。400万台というのに何ら意味がなかったからです。台数は競争力の原因でなく、結果なのです。講演では、これを「因果の錯乱」と名付けられていました。ブームが終わり、潮が引いた後で、誰が本物かがわかるのです。だから、新聞・雑誌などの記事は、10年寝かしてから読むのに限る。
FACTFULLNESSという本がベストセラーになりましたが、逆タイムマシン経営では、PASTFULLNESS。歴史はファクト。逆タイムマシン経営で重要なことは、本質を見極めること。本質とはそう簡単に変わらないもの。変化を追いかける中で、変わらないものが浮き彫りになります。
「飛び道具トラップ」は、IT業界で多く使われる。というのも、サプライヤーにとっては、そのようなトラップを使い普及さえることが、ビジネスチャンスになるから。IT化により仕事がなくなると長年言われてきたが、なくならないどころか逆に増えているのが現実です。ITの新規性・即効性がトラップを発動させ、手段が目的化される。特に、四文字に短縮されたワードは危険。
アドビのサブスクの事例が紹介されました。アドビのサブスクが成功したのは、アドビが十分に準備し、アドビの製品に粘着性があるから。粘着性とは、不可欠のインフラであり、スイッチングコストが低いこと。アドビは、サブスクにより海賊版を使用していたユーザーを新たに獲得し、マネタイズに成功した。
ネットフリックスのサブスクが成功したのは、元々は郵便でのDVDレンタルを本業として、その時にデータの重要性に気づいたから。当時のDVDレンタル大手はブロックバスターで、DVDレンタルビジネスは、新作ソフトの高速回転がビジネスの成否を分けた。しかし、ネットフリックスには、ブロックバスターほど新作ソフトを揃える資金力がない。そこで、ユーザーのレンタル行動データを収集し、ユーザーが見たくなるような旧作を提案し、旧作の回転を高めることで収益を高める方針に転換した。いやいや、こうでもしないとブロックバスターとの競争に勝てないために、余儀なくされたという表現の方が正しいでしょう。
しかし、サブスクビームでは、成功事例(アドビ・ブロックバスターなど)の一部のみが切り取られたため、文脈剥離を起こし、失敗が増えたようです。実際に、早々とサブスク事業から撤退する企業が増えています。
飛び道具にはまりやすい人は、情報感度の高い人、せっかちな人、忙しい人、行き詰まっている人、担当者、代表取締役(正確にはCET=チーフ・エグゼクティブ・担当者)など。私も気をつけないと。回避するには、文脈・論理に位置づけて考える癖をつける必要がある。戦略ストーリーの一部ではなく全体を見て、論理を導く。DXは手段であるため、DXの前に、儲かる戦略ストーリーを作る必要がある。DXなしで長期利益が上がるならば、DXは不要である。戦略ストーリーでは、少し競合他社との違いをつけるだけで、儲けにつながる。
トラスコ中山の事例が紹介された。トラスコ中山は、間接資材の卸で、中山社長こそが戦略芸術家。顧客は、アマゾンやモノタロウなどの小売企業。倉庫が多いのが特徴で、この部分だけみると収益性は低そうに見える。通常重視される在庫回転率ではなく、今すぐ欲しいニーズに応えたかどうを示す在庫出荷率を重視する。在庫ヒット率はなんと90%台。急な注文でも、トラスコ中山に頼めば、なんとかなるという状況を作り出すことに成功した。また、自社トラックのルート物流を行うことで、自社トラックが顧客の近くにいる状況を増やし、今すぐのニーズに応えやすくする。あのアマゾンがメーカー直取引ではなく卸から仕入れるのは、中小メーカーが多く、今すぐのニーズに応えるのに直取引をしていれば、大変なコストがかかると判断したから。トラスコ中山は、メーカーと小売をつなく物流のハブになれば、顧客が自然と増えると考えた。トラスコ中山にとって、取引したくないけど仕方ないと言われることが、最高の褒め言葉としている。
激動期トラップでは、「国難」「100年に一度の危機」「戦後最大の危機」などのワードが使われる。ちなみに、日経ビジネスでは、毎年新しい産業革命が取り上げれる。しかし、実際には起こっていない。政府は「ソサイエティ5.0」の意味を、「新しい社会」とするなど、新規性はまったくなく、掛け声にすぎない。
遠近歪曲トラップは、「日本はダメ」などの解説。日経ビジネスでは、1976年に日本的経営の崩壊が取り上げられた。しかし、実際には崩壊していないため、逆に盤石と言えるだろう。人口減少が諸悪の根源と言われているが、100年ほど前までは、人口増加が方が問題紙されていた。その解決策として、移民や産児制限が行われていた。ちなみに、移民は有志を募るのではなく、原則全村移民であった。世界を見ると、非婚・晩婚はメガトレンド。よって、マクロ環境のせい(他責)にするのは、最悪である。他責にすると思考停止になるから。全面的に良い国や時代はない。7000万人の日本をポジティブなビジョンにしてはどうか。日本の国土の7割が山のため。7000万人は、1945年の総人口(満州を含む)。
「なぜ」が不十分・希薄になると、トラップにはまる。よって、歴史から「なぜ」を学ぶ必要がある。読書こそが、知的トレーニングの王道である。本質的な論理を見抜き、大局観を学ぶことが重要である。
ESGなどは、自分の商売にどうやって受け入れるかを考えることが重要である。そのためには、まず自分(自社)の戦略ストーリーを固める必要がある。その上で、導入する。SDGsやESGは、バランスを取るものではない。また、道徳的なことの方が、長期利益が大きい。SDGsの一番は、貧困をなくすこと。よって、自社できることは、従業員の給与を上げること。SDGsで自社の戦略を見つめ直す事が重要。欲を失ってはならない。
物流の2024年問題を考える時は、同様の問題で過去に起こったものを探し、その問題で社会がどのようにかわったかの事実を調べてはどうか。例えばコロナでは、スペイン風邪のパンデミックの数年後に「忘れられたパンデミック」という本が話題になった。よって、コロナも数年経てば、忘れ去られる可能性は高い。米騒動のようなものかもしれない。米騒動は米危機ではなく、人間の反応に過ぎない。よって、コロナも危機ではなk,人間が起こした騒動と考えられる。
小麦については、小麦粉を売るストーリーが重要。長期利益をどうやって得るか。そのためには、いかに高い値段で売るかと、いかにコストを下げるかが重要になる。ちなみに、事業よりも家族の方が難しい。というのも、事業は長期利益の拡大が唯一の目的であるが、家族の幸せの価値観は多様であるから。
経営者はせっかちな人が多い。だからこそ、深呼吸して5分経過してから行動を起こすぐらいがよい。
楠木健さんの書籍は、ストーリーとしての競争戦略を読んだことがあり、気づいたら読破していた記憶がある。それぐらい面白かった。講演は初めてであったが、あらためて逆タイムマシン経営などの書籍を読んで、勉強・実践してみたくなりました。
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